親の認知症で銀行口座が凍結される前に取るべき対策は?

年を取れば、認知症にかかり、これまで出来ていたことができなくなってしまうのは珍しくありません。お金のことだって同じで、元気だったときは到底ひっかからないような詐欺事件の被害を受けてしまう認知症のお年寄りは後を絶たないのです。

このような被害からお年寄りを守るために、認知症になったことが銀行に知れると、銀行口座は凍結されてしまいます。しかし、これが自分の親の話となると、やや事情が異なるはずです。

最も現実的なのは「まとまった支出があるのに、親の口座に入っているお金を引き出せない」「使わない銀行口座や証券口座を解約したいのに、“本人じゃないとダメです”と追い返された」など、銀行をはじめとした金融機関との取引に支障をきたすことでしょう。

万が一、自分の親が認知症になってしまった場合、銀行口座の凍結をはじめとした、金融機関とのトラブルを回避するための方法を解説します。

なぜ、認知症になると銀行口座が凍結される?

不正利用の被害に遭うのを防ぐため

そもそも、なぜ認知症になると、銀行口座の凍結など、金融機関との取引ができなくなってしまうのか、考えてみましょう。認知症はその名の通り、認知機能の低下を主な症状とする病気です。つまり、健康な時には何の問題もなく生活できていても、判断能力が鈍ってしまうため、様々なトラブルに巻き込まれやすくなります。

お金の面だけ取ってみても

  • 金銭管理が正しくできない
  • 高齢者狙いの悪徳商法や特殊詐欺(オレオレ詐欺、振り込め詐欺など)に遭う
  • お金を盗られたと思い込んで周囲とトラブルになる

などが考えられます。

そのため、詐欺や横領などの犯罪や口座の不正使用に巻き込まれ、財産を失うのを防ぐという目的から、名義人が認知症であるとわかった場合は、金融機関は銀行口座の凍結などを含め、取引を制限するのです。

入院や介護施設費などを払うためなら例外的に引き出せることも

名義人が認知症と診断された場合、銀行口座の凍結をはじめ取引を制限するのは、名義人を保護する観点からは非常に有効です。しかし、実際は介護施設に入居したり、病院に入院したりするためのお金を本人の口座から引き出したいなど、まったく名義人に被害が及ばない理由で銀行口座からお金を引き出す必要だってあるでしょう。

そのような「本人が被害に遭うわけではない理由」であったにも関わらず、銀行口座が凍結されてしまうと、後述する成年後見人制度を利用しなくては、銀行口座からお金を引き出すことは理論上できませんでした。

このような事情を勘案し、日本全国の銀行が加盟する業界団体の全国銀行協会は、戸籍抄本などで家族関係が証明され、施設や医療機関の請求書などにより使い道が確認できれば、口座からお金を引き出せるよう、業界統一の対応を促す通達を出しています。

出典:一般社団法人全国銀行協会 預金者ご本人の意思確認ができない場合における預金の引出しに関するご案内資料の作成について

親が認知症になった後に銀行口座から引き出すには?

法定後見制度を利用する

実際は、親が認知症になった瞬間、親の銀行口座からは1円も引き出せなくなるということは考えにくいですが、よりスムーズな対応を行うためには、法定後見制度も利用しましょう。

ちなみに、銀行だけではなく、証券会社の口座を使えないようにするための手続きでも、法定後見制度に基づく手続きを行うことが必要になります。

出典:成年後見制度の届出 | 楽天証券

法定後見制度とは、認知症、知的障がい、精神障がいなどによって判断能力が不十分な人に対して、本人の権利を法律的に支援、保護するための制度です。

本人の判断能力に応じて家庭裁判所が後見人、保佐人、補助人(以下、後見人等)を選任し、それぞれの状況に応じた権限が与えられます。

項目 後見 補佐 補助
本人の状態の例 金銭に関する判断能力が全くない。簡単な買い物もままならない。 日常の買い物などの簡単な計算はできるが、財産に関してのち密な計算や判断能力には不安がある。 ほぼ問題なく日常生活ができ、資産の管理なども大体できるが、裁判所が必要と判断した場合には援助が必要。
特徴 財産に関する法律的な決定権を本人に代わって下す権限を持つ。 本人との間で取り交わした契約によって権限の範囲が変わる 補助人に法律的に認められた権限はない
代理権の有無 あり あり ※家庭裁判所が認めた行為のみ あり ※家庭裁判所が認めた行為のみ
同意権の有無 なし あり ※民法13条1項の行為に関して あり※民法13条1項の一部の行為に関して
取消権の有無 あり あり ※民法13条1項の行為に関して あり※民法13条1項の一部の行為に関して

ちなみに、表中の「代理権」「同意権」「取消権」の定義は、以下の通りです。

代理権 家の売買契約や預貯金の解約など財産にかかわる重要な行為を本人に代わって行う権限
同意権 本人の法律行為に同意することで効果が認められる、また、同意をしていない契約を取り消すことができる権限
取消権 本院が代理人の同意を得ないで行った契約や取引などを取り消す権限

また、民法13条1項の行為とは、不動産の賃貸や購入、相続の承認や放棄など、一部の法律上重要な行為を指すと考えましょう。

法定後見制度のメリット・デメリット

メリット

後見人等が取消権を有している
法定後見制度のメリットは、本人(被後見人)に一方的に不利な契約を結ばされそうになった場合でも、後見人等が取消権を有しているため、取り消すことができることでしょう。

例えば、家にセールスマンが来て布団を売りつけられたり、ウォーターサーバーを契約させられたりなど、高額な売買取引があったときでも、後見人等が有している取消権に基づき契約を取り消せるので、本人を守ることができます。仮に、販売者(セールスマン)が「同意はあった」と主張してきたとしても、これは変わりません。

デメリット

後見人は自由に選べるわけではない

法定後見制度では、家庭裁判所によって指定された第三者が後見人等になります。ここでいう第三者とは

  • 弁護士、司法書士、社会福祉士、精神保健福祉士などの専門家
  • 市民後見人

などを指し、本人の親族は含まれません。なお、市民後見人とは、社会貢献を目的として、後見人等として任務を全うするため、専門的な知識、技術などのトレーニングを受けた一般の人と考えましょう。

参照:市民後見とは | 地域後見推進プロジェクト

いずれにしても、自分たちで自由に後見人等を選べるわけではありません。

運が悪いと「どうしてこの人が?」と思う人に当たってしまうこともあり得るのです。

また、弁護士などの専門家が後見人等に専任された場合、定期的に報酬を支払わなくてはいけません。その費用をどうやって捻出していくかも、家族にとっては大きな課題になります。

トラブルが起きても簡単に解任できない

実際に法定後見制度が始まると、後見人等に本人の銀行口座の通帳や領収書を渡さなくてはいけません。そして、後見人等がどう仕事を進めるかは、ある程度は後見人等自身の裁量によって行うので、家族との考え方の相違がトラブルの引き金になることも考えられます。

しかも、トラブルが起きたとして、極めて私的なことが原因だった場合は、後見人等を解任することができません。解任できるのは「不正な行為や明らかな業務の怠慢が発覚した」場合のみです。

簡単に言うと、解任するためには、本人の財産を全部使い込んでいたなど、かなり強力な理由が必要になります。単に「あの人の言動が気に食わない」などの理由だけでは、まず解任は認められません。

法定後見制度を利用するための手続き

法定後見制度を利用するためには家庭裁判所への申立が必要になります。具体的な手続きの流れをまとめました。

No. 項目 詳細
1 後見(補佐・補助)開始の審判の申立 本人の住所地を管轄する家庭裁判所に対して行う。
2 審理 申立書類の調査 → 申立人、本人、後見人等候補者の調査 → 親族の意向照会 → 家庭裁判所の予備審問 → 鑑定の実施(必要な場合) と進む。
3 審判 後見(保佐・補助)開始の審判(申立て却下の審判) → 後見人(保佐・補助)選任の審判 → 成年後見(保佐・補助)監督人の選任(必要な場合) と進む。
4 審判確定 審判書受領後2週間で確定する。
5 後見登記 家庭裁判所から東京法務局に嘱託登記が行われる。

親が認知症になる前にできることは?

任意後見制度を利用する

法定後見制度は、判断能力が弱った人を守るという意味では有効な制度ですが、専任された後見人等との相性が悪かったり、多少のトラブルでは解任できなかったりと、決して使い勝手の良い制度ではありません。

できることなら、本人の判断能力に問題がないうちに、本当に信頼できる人に認知症になった後の面倒を見てくれるよう頼めれば理想でしょう。そこで利用したいのが任意後見制度です。

任意後見制度とは、将来、自分の判断能力が不十分になった時に備える制度の1つです。

本人の判断能力があるうちに、将来自らの判断能力が低下した場合の財産管理、介護サービス締結などの療養看護に関する事務について、信頼できる人に依頼する契約(任意後見契約)に基づいています。

任意後見契約においては、依頼する本人を「委任者」、依頼を受ける人を「任意後見受任者(後見が始まってからは任意後見人)」と呼びます。なお、任意後見契約は公正証書により締結する流れです。

任意後見制度のメリット・デメリット

メリット

自分が信頼できる人を後見人にできる

法定後見制度の場合、後見人等は家庭裁判所が決めるので、自分が信頼できる人とは限りません。一方、任意後見制度は一部の例外を除き、誰を契約の相手方(任意後見受任者)として選んでも構いまません。

なお、以下の人は「一部の例外」に該当するため、任意後見契約を結ぶこともできないので注意しましょう。

  • 未成年者
  • 家庭裁判所で免ぜられた法定代理人、保佐人又は補助人
  • 破産者
  • 行方の知れない者
  • 本人に対して訴訟をし、又はした者及びその配偶者並びに直系血族
  • 不正な行為、著しい不行跡その他任意後見人の任務に適しない事由がある者
比較的自由に契約内容を選べる

原則として、任意後見人にどのような事務を依頼するかは、財産管理に関する法律行為と介護サービス締結等の療養看護に関する事務や法律行為に含まれるものであれば、契約当事者同士の自由な契約によって決められます。

なお、家事手伝いや身の回りの世話などは、法律行為ではないため、任意後見契約の対象とはなりません。ただし、別に準委任契約を結ぶことで頼めるようになるので、事前に任意後見制度に詳しい専門家(弁護士、司法書士、行政書士など)に相談しましょう。

デメリット

取消権はない

法定後見制度の後見人等とは違い、任意後見人には取消権は認められていません。つまり、本人(委任者)に一方的に不利な契約を結ばされたとしても、任意後見人には契約を取り消す権利はありません。

本人の死後のことまでは任せられない

任意後見契約は、本人が死亡した時点で終了します。本人に他に身寄りがあるなら問題はありませんが、ない場合は本人の死後のことはどうするのかまで考える必要があるでしょう。

1つの方法としては、任意後見契約とは別に死後事務委任契約を結ぶことです。つまり、自分が亡くなった後の葬儀やお墓、家の片づけなどを依頼する契約を結び、万が一が起こった場合はその契約に従って物事を進めてもらいましょう。

任意後見制度を利用するための手続き

任意後見制度を利用するための手続きは、本人の判断能力の低下・喪失が起こる前と起こった後に大きく分かれます。

本人の判断能力の低下・喪失が起こる前

手順は以下の通りです。

  1. 将来、自分を支援してくれる人を選ぶ
  2. 契約内容を決定する
  3. 任意後見契約の締結および公正証書の作成をする
  4. 公証人から法務局へ後見登記の依頼がなされる

本人の判断能力の低下・喪失が起こった後

手順は以下の通りです。

  1. 任意後見監督人選任の申立てをする
  2. 任意後見監督人の選任をする
  3. 任意後見人の仕事が始まる
FP 荒井 美亜

FP 荒井 美亜あらい みあ

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大学院まで行って公認会計士を目指していたものの、紆余曲折を経て今は「日本一、お金のことを楽しくわかりやすく説明できるライター兼ファイナンシャルプランナー」目指して活動中です。日本FP協会のイベントのお手伝いもしています。保有資格)日本FP協会認定AFP、FP技能検定2級、税理士会計科目合格、日商簿記検定1級、全経簿記能力検定上級、貸金業務取扱主任者試験合格

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