目次
遺言書とは
最初に、遺言書とは何かについて解説しましょう。
遺言書と遺書の違い
遺言書とは、法定の厳格な要件を備えた法的効力をもつ文書です。よく似た言葉に遺書がありますが、これはあくまで自分の意思を伝えるために亡くなる前に書き記したものにすぎません。法定の厳格な要件を備えていないため、遺言書とは区別されています。
昨今注目されているエンディングノートも、あくまで自分の意思を伝えるために書くものに過ぎず、法定の厳格な要件を備えているわけではありません。どちらかといえば「遺書」に分類されるものでしょう。
遺言書の種類
一口に遺言書といっても、作り方によって呼ばれ方が全く違います。
自筆証書遺言
人に頼むこともないため、費用もかからないのがメリットです。しかし、法的な要件を満たしていないと正式な遺言書とは認められないため、注意しましょう。なお、偽造されていないかどうかを確かめるために、遺言者が亡くなった場合は、家庭裁判所での確認の手続き(検認)が必要になります。
公正証書遺言
いわば「プロが作る」遺言書であるため、ミスが極めて少ないという長所があります。ただし、費用がかかる上に、証人を頼めそうな人がいないと実際に行うのは難しいというデメリットがあります。
秘密証書遺言
秘密証書遺言とは、遺言の「内容」を秘密にしたまま、公証役場で遺言の「存在」を、公証人と証人に証明してもらう遺言のことです。もっと詳しくいうと
- 自分で遺言書を作る
- 公証役場に持っていき、証人2名の前で公証人に日付と遺言書である旨の記載をしてもらう
- 遺言者と証人2名が封筒に署名押印してもらう
- 秘密証書遺言ができあがるので、持ち帰って自分で保管する
という流れで作成されます。遺言書に知られたくない内容を書く場合でも、誰にも知られずに盛り込めるというメリットがあります。
しかし、自分で作った遺言書が法的に無効だったらどうしようもない上に、手間も費用も公正証書遺言とさほど変わりません。このような事情があるため、実際にはあまり使われない方法になっています。
遺言書に書けること
遺言書に書けること=記載する内容として法的効力を有するものについても知っておきましょう。
身分に関すること
身分に関することとして記載できるのは
- 認知に関すること(民法 第781条の2)
- 未成年後見人および未成年後見監督人の指定(民法 第839条の1、第848条)
の2つです。
認知に関すること(民法 第781条の2)
婚姻関係によらず生まれた子=結婚していない相手との間の子を認知=自分の子として認めることができます。
未成年後見人および未成年後見監督人の指定(民法 第839条の1、第848条)
自分が亡くなると、民法上の未成年者(20歳未満)の親権を持つ人がいなくなる場合に、未成年後見人を指定することができます。「親代わりになる人」を指定すると考えておくとよいでしょう。
また、未成年後見人が身上監護や財産管理を適切に行っているか(=日常生活の世話やお金の管理を行っているか)を監督する(=見張る)役割の人として、未成年後見監督人も指定できます。
相続に関すること
相続に関することとして記載できるのは
- 相続人の廃除(民法 第893条)
- 相続分の指定・指定の委託(民法 第902条)
- 遺産分割方法の指定・遺産分割の禁止(民法 第908条)
の3つです。
相続人の廃除(民法 第893条)
推定相続人(実際に相続が起きた際に相続人になるはずの人)が被相続人(ここでは遺言書を遺そうとする人)に対して著しい非行を働いていた場合、遺言により相続させないことができます。
「著しい非行」とは
- 被相続人に対し虐待をした場合
- 被相続人に対し重大な侮辱を加えた場合
- その他の著しい非行があった場合
などが考えられます。
ただし、相続人の廃除は遺留分(遺言に他の人に遺産を渡す旨が盛り込まれていたとしても、最低限の取り分として主張できるもの)まではく奪する強力な措置です。そのため、実際に廃除が認められるかどうかは、裁判所にも適用には非常に慎重になります。
たとえば
- 被相続人に日常的にDVを働いていて、警察沙汰になったことがある
- 被相続人の貯金を勝手に引き出し、ギャンブルで使いこんでいた
など、かなり深刻なトラブルにまで発展していないと、なかなか認められません。
相続分の指定・指定の委託(民法 第902条)
本来、法律(民法)では、亡くなった人=被相続人との続き柄によって、一律で相続できる割合が定められています(法定相続分)。しかし、遺言書で相続させる割合を定めておけば、そちらが優先される決まりです。
例えば「両親、子どもは兄弟2人」という家族がいたとしましょう。この家族の父親が亡くなった場合、法定相続分は「母(配偶者)=1/2、子ども2人=それぞれ1/4ずつ」ということになります。しかし、遺言書に定めれば「母=3/4、子ども2人=それぞれ1/8ずつ」という分け方をするのも可能です。
遺留分
本来、遺産の相続割合は、自由に決めることができます。しかし、本来は子どもや配偶者など、被相続人(亡くなった人)にごく近い立場にあった人には、財産を相続する権利を持っているのです。そして、最低限相続できる分として認められている取り分のことを遺留分といいます。
遺留分が認められるのは、配偶者、子ども、父母のみです。兄弟姉妹には遺留分は認められません。
また、法定相続人が複数人いる場合は、各人の遺留分の割合を、その人数で均等に分けます。
相続人の組み合わせ | 遺留分 | 各人の遺留分 |
---|---|---|
配偶者と子 | 1/2 | 配偶者:1/4、子:1/4 |
配偶者と父母(直系尊属) | 1/2 | 配偶者:2/6、父母:1/6 |
配偶者と兄弟姉妹 | 1/2 | 配偶者:1/2、兄弟姉妹:なし |
配偶者のみ | 1/2 | 配偶者:1/2 |
子のみ | 1/2 | 子:1/2 |
父母のみ | 1/3 | 父母:1/3 |
兄弟姉妹のみ | なし | なし |
遺産分割方法の指定・遺産分割の禁止(民法 第908条)
「お兄ちゃんは持ち家があるから現金にして、下の子に実家の建物と土地を相続させたい」というように、遺産の分け方についても、遺言書に残せば意向を反映できます。例えばこの場合は「現預金は長男、土地建物は次男」という内容を盛り込めばよいのです。
また、兄弟姉妹の仲が悪いなどの理由で、もめごとが予想されるなら「土地・建物はすべて妻に」など、遺産分割をあえて禁止することもできます。
財産処分に関すること
財産処分に関する事項として盛り込めるのは、包括遺贈および特定遺贈(民法 964条)です。相続と遺贈はよく似た言葉ですが
- 相続:法定相続人に被相続人の財産を移転させる
- 遺贈:遺言で意思を示し、被相続人の財産を無償で法定相続人もしくはその他の者に譲る
というように、本来は違う意味なので気を付けましょう。
もし、法定相続人以外の人(例:介護をしてくれた長男の妻など)に遺産を渡したい場合は、遺贈を使うことになります。そして「何をどこまで遺贈するか」という意味合いにおいて、遺贈は
- 包括遺贈:相続財産の全部もしくは一部を遺贈する。割合を決めるだけで、具体的に何を遺贈するのかまでは指定されない。
- 特定遺贈:相続財産のうち、具体的に遺贈したい財産を指定した上で行う。
の2つに分けられます。
遺言執行に関すること
遺言書の中で、遺言執行者を指定したり、誰かに指定してもらったりするよう委託することができます(民法1006条)。
もちろん、遺言執行人を立てなかったからといって、遺言書が無効になるわけでも、何らかのペナルティがあるわけでもありません。
しかし、実際に相続の手続きが始まると
- 財産目録の作成
- 各金融機関での預金解約手続き
- 法務局での不動産名義変更手続き
など、かなりやることが多いです。しかも、遺産相続をめぐってトラブルになったりした場合は、仲裁役がいるかいないかで全くその後の展開が違ってきます。
付言事項
厳密には法定効力を有しませんが、相続人に対する感謝の気持ちなどを「付言事項」として盛り込む場合もあります。遺言書を書いた人が、どういう気持ちで書いたのかが伝わるはずなので、親族間のトラブルの抑止にも役立つでしょう。法定効力を有さない以上、書き方に決まりはありません。「気持ちが伝わるか」が何よりも大事です。
自筆証書遺言の作り方
公正証書遺言の場合は、いわば「プロにお任せ」の方法なので、自分で手を動かす必要はほとんどありません。しかし「まずは自分でやってみよう」と思うなら、自筆証書遺言を選ぶことになるでしょう。そこでここでは、自筆証書遺言の書き方について、基本的な部分をマスターしましょう。
1.必要最低限のルールを理解する
自筆証書遺言の書き方のルールについては、民法に定められています。
民法 第968条
1 自筆証書遺言によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。2 前項の規定にかかわらず、自筆証書にこれと一体のものとして相続財産(第997条第1項に規定する場合における同項に規定する権利を含む。)の全文又は一部の目録を添付する場合には、その目録については、自書することを要しない。この場合において、遺言者は、その目録の毎葉(自書に因らない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)に署名し、印を押さなければならない。
これをわかりやすく整理すると
- 財産目録以外については、全文自分が直筆で書かないといけない
- 日付は必ず入れなくてはいけない
- 記名・押印が必須
ということです。
財産目録はパソコンでもOK
預貯金、不動産などのプラスの財産はもちろん、借金などのマイナスになる財産もすべて記入して作成します。これがあることにより、相続財産の内容が明確になり、遺産分割協議がスムーズに進む役割を有しているのです。従来は、財産目録についても自筆であることが求められましたが、2019年に民法が改正されたことで、パソコンで作ることも容認されるようになりました。
2.自分が所有している財産を把握する
遺言を残す目的の1つに「自分がいなくなった後の財産の扱いに関する希望を書き残しておく」ことが挙げられます。そのため、まずは自分の遺産に何があるのか、どのくらいの価値があるのかを把握しましょう。
3.財産を特定できる資料を準備する
自分自身では、遺産として遺すつもりの財産についての情報を正確に把握した上で遺言書を書いたとしても、書き方次第ではその遺言書を読んだ人にはまったく伝わらない恐れもあります。
例えば「〇〇県〇〇市の土地は長男■■に相続させる」と書いてあったとしても、家族からすれば「一体どこの土地の話をしているのかわからない」ということはありうるのです。このような事態を避けるためには「できるだけ客観的な情報を盛り込むようにする」ことを心がけましょう。
そのためには
- 土地や建物の場合は登記簿
- 預金なら銀行名・支店名・口座番号がわかるもの
- 株式などの金融商品なら、証券会社名・支店名・口座番号がわかるもの
を用意した上で、正確に情報を盛り込むようにしてください。
4.誰に何をどのくらい相続させるか決める
自分が遺産として遺せそうな財産の情報が出そろったら、誰に何をどのくらい相続させるか決めましょう。これらについても、実際に遺言書で明記しなくてはいけないためです。例えば、被相続人(本人)と配偶者、長男と次男がいた場合は、通常、被相続人以外の3人分について、情報を明記する必要があります。
配偶者:現金3,000万円
長男:現金2,000万円
次男:現金1,000万円、100平方メートルの土地
5.実際に遺言を書く
書く内容を整理できたら、実際に書いていきましょう。なお、決まった書式はありません。
先ほど触れた
- 財産目録以外については、全文自分が直筆で書かないといけない
- 日付は必ず入れなくてはいけない
- 記名・押印が必須
という3つのルールだけは守りましょう。
参考例を作ってみました。
なお、書き間違えてしまって訂正する場合は、該当箇所を指定した上で、変更した旨を付記し、自筆で署名して押印しなくてはいけません。
また、日付を入れ忘れたり、特定できない書き方にしてしまったりする人も多くいます。必ず
- 20●●年●●月●●日
- 令和●●年●●月●●日
など、誰が見ても「いつ書いたのか」がはっきりわかるようにしましょう。
後から修正することも可能
遺言書を書いた後、気持ちの変化により内容を変えたくなるかもしれません。遺言を書いた後、内容を変更すること自体はもちろん認められています。
民法第1022条
遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができる。
そのような場合は、書き間違えた場合と同じように、該当箇所に二重線を引いた上で訂正印を押し、近くに訂正後の内容を書き加えれば問題ありません。
6.遺言書を封筒に入れ封印する
問題なく書き終わったら、署名と押印があるかどうかを改めて確認してください。なお、押印に使う印鑑に指定はありませんが、ゴム印(シャチハタ)は避けて、実印にしておいた方が無難です。
なお、遺言書を封筒に入れたら、その封筒にも封印しておきましょう。開けていないことの証明として使えます。
7.紛失に注意して保管する
自筆証書遺言で最も大事なのは「遺族に見つけてもらう」ことです。そのため、わかりやすいところに保管しましょう。配偶者には保管場所を教えておいたほうがよいかもしれません。
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